知ろうとすること。 (新潮文庫)

この本の主張していることは、「事実を知って正しく怖がる」ただ一つ。

自分が色々と書くと仰々しくなってしまいますが、糸井重里さんが、誰もが日頃行っているであろう「平済みされた雑誌の2冊目を取る」という行為に例えて、自分がどのように関わる可能性を持っているのが上手に説明してくれています。

思い起こせば震災でのこと、自分の目には、この関心空間では三種類のユーザーがいたように思います。1.自身の身近な行為と関連付けて出来ることをやろうとする人、2.政府と東電という分かりやすい相手を攻撃して騒ぐばかりで自分で出来ることをやろうとする意志がない人、3.そういう人を「何も知らない」と攻撃する人、4.良くも悪くも他人事扱いな人。

理想は1でしょうね。2は嫌いです。
少なくとも1のような存在がいることを示唆しても拒否するような人。
4のつもりでいましたが、よくよく考えると3だったかも。

問題なのは新しい情報を受け取れないことだと思います。

交流のために福島の高校生がヨーロッパに行くと、福島から来ていたことに驚いていたそうです。彼らは福島にはもう生き物は住んでいないと思っていたから。たぶん、自分も更新されていない情報があるのだと思います。情報源はネットやテレビで、その情報の確かを確認しているわけではないので。

僕のお父さんは東電の社員です」「この世はウソでできている」などを読めば「誰かを攻撃すればいい」とは思えなくなると思うのだけどなぁ。



関空の[ぬ]'s Ownd

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